『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』で登場したセルマ・テレーゼ。針や裁縫をモチーフにした姿、キュゥべえへの好意、宇宙のために魔女になることすら肯定する言動から、『魔法少女まどか☆マギカ ポータブル』に登場した「敬愛」の針の魔女・キトリ(Quitterie)の関係が注目されます。
この記事では、公式設定や劇中で確認できる描写と、そこから読み取れる考察を分けながら、セルマの正体、キトリとの共通点、まどかやなぎさとの関係、そしてキトリの「敬愛」が何を意味しているのかを掘り下げます。
この記事は『TVアニメ 魔法少女まどか☆マギカ』、『劇場版 [新編]叛逆の物語』、『魔法少女おりこ☆マギカ』、『魔法少女まどか☆マギカ ポータブル』、『マギアレコード 魔法少女まどか☆マギカ外伝』、『魔法少女まどか☆マギカ Magia Exedra』、『劇場版 魔法少女まどか☆マギカ〈ワルプルギスの廻天〉』の多大なるネタバレを含みます。
セルマ・テレーゼとは?
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セルマ・テレーゼは、名塚底根から現世へ戻ってきた「魔女っ子」の一人です。公式パンフレットでは、名塚底根から現世へ戻ってきた魔法少女たちは「魔女っ子」と呼ばれています。
セルマもその一人で、明るく活発な性格をしており、百江なぎさとは遊園地ではしゃぐなど、子どもっぽく無邪気な姿も見せます。
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一方で、セルマは「役たたず」であることを強く嫌う人物です。公式パンフレットでは、セルマが「何かの役に立つ存在になること」に強く執着していることや、自分自身を無価値だと捉えていることが示されています。
さらにキュゥべえについても、そんな自分を変えてくれた存在として好意を抱いています。
そのうえで、セルマにとって「役に立つこと」は単なる親切心ではなく、自分にも価値があると感じるために必要なことだった可能性があります。
セルマの正体は針の魔女キトリ?共通点から考察
セルマについて特に気になるのが、『魔法少女まどか☆マギカ ポータブル』に登場した針の魔女キトリとの関係です。
現時点で確認できる公式資料には、「セルマ・テレーゼ=Quitterie」と直接記載したものはありません。そのため、セルマ=キトリは公式確定情報ではなく、劇中描写や既存設定を照らし合わせた考察です。
ただし、両者の共通点は単なる「針」というモチーフに留まりません。
キトリとは?「宇宙のために全てを捨てた」敬愛の魔女
キトリ(Quitterie)は、『魔法少女まどか☆マギカ ポータブル』に登場する針の魔女です。性質は「敬愛」。
魔女図鑑では、「宇宙のために全てを捨てて戦った魔法少女の成れの果て」と説明され、魔女となった後も自分が宇宙を救っていると信じています。
キトリは外見も特徴的です。黒い外套の先にキュゥべえの頭部を付けた着ぐるみような姿をしており、その内側には、まち針を目にしたような細長い頭部や、裁縫用の針刺しを思わせる意匠があります。
つまりキトリには、針・裁縫・キュゥべえ・宇宙への献身という複数の特徴が備わっています。
そして『ワルプルギスの廻天』で登場したセルマは、そのいずれとも重なる要素を持っています。
共通点 |
確認できる事実 |
考察上の意味 |
|---|---|---|
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針・裁縫 |
セルマは裁縫道具モチーフ/キトリは針の魔女 |
デザイン上の対応 |
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キュゥべえ |
セルマはキュゥべえを好む/キトリはキュゥべえを思わせる姿 |
両者の関連を補強 |
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巨大なキュゥべえ |
セルマが戦闘時に作り出す |
キトリとの視覚的な対応 |
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宇宙への貢献 |
セルマは宇宙の役に立つことを肯定/キトリは宇宙のため戦った |
思想面で強く一致 |
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魔女化 |
セルマは魔女になることを肯定 |
キトリの過去とつながる可能性 |
公式パンフレットが示す「針・裁縫」モチーフ
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公式パンフレットでは、セルマの変身後の衣装や武器に、針山・ボビン・綿などの裁縫道具がモチーフとして使われていることが示されています。
劇中でも、セルマは裁縫針を思わせる武器を使用します。一方のキトリも「針の魔女」であり、まち針や針刺しを思わせるデザインを持っています。
単に「針」という名称が共通するだけでなく、裁縫道具という具体的なデザインまで対応していることになります。
ただし、これだけでセルマ=キトリと断定することはできません。『まどマギ』シリーズには、キトリとは別の針の魔女も存在するからです。
キュゥべえとの関係まで一致する?
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さらに大きな共通点が、キュゥべえです。公式パンフレットでは、セルマはキュゥべえを自分を変えてくれた存在として好いています。
劇中でもキュゥべえを警戒するのではなく、好意的に接しています。そして戦闘では、巨大なキュゥべえを作り出しています。
キトリもまた、その魔女としての姿がキュゥべえを強く連想させます。キトリの外見だけから「キュゥべえを敬愛していた」と断定することはできませんが、セルマという人物が登場したことで、以前から謎だったキトリのキュゥべえ要素にも具体的な意味を見いだしやすくなりました。
最大の根拠は「宇宙の役に立つ」という思想
セルマ=キトリ説で、デザイン以上に重要なのが思想の一致です。
劇中のセルマは、キュゥべえが宇宙の熱的死を回避しようとしていることを理解したうえで、その目的を肯定しており、魔法少女が魔女になることで宇宙へエネルギーを供給できるのであれば、それを価値のあることとして受け入れます。
一方のキトリは、上述の通り公式に、「宇宙のためにすべてを捨てて戦った魔法少女」と説明されています。
つまり両者は、「宇宙のためなら、自分自身を差し出してもよい」という非常に特殊な価値観まで一致しています。
セルマ=キトリ説で特に重要なのは、「針を使うからキトリ」という外見上の類似ではなく、魔法少女だった頃の思想までキトリの設定と符合していることでしょう。
もう1体の針の魔女ラトリアとは?
『まどマギ』シリーズには、キトリとは別にもう1体の針の魔女が存在します。『魔法少女おりこ☆マギカ』で呉キリカが魔女化したラトリア(Latria)です。ラトリアの性質は「篭絡」。
魔女となった後も美国織莉子への強い思いを持ち、織莉子のために行動します。
つまり、キトリが宇宙という目的へ自分を捧げた魔女なら、ラトリアは織莉子という一人の人物へ自分を捧げた魔女と見ることができます。ラトリアは呉キリカの魔女であることが判明しているため、セルマとは別人です。
「役に立ちたい」は「愛されたい」の裏返し?
ここからはセルマの正体ではなく、なぜセルマがそこまで「役に立つこと」に執着するのかを考えていきます。
セルマは自分自身を無価値だと捉え、何かの役に立つ存在になることへ強く執着していることが示されています。そして劇中終盤、セルマは「愛されたい」と口にします。
ただし、公式に「セルマが役に立とうとするのは愛されたいから」と説明されているわけではありません。この2つを結びつける部分は考察です。
「役に立つ→価値がある→必要とされる→愛される」?
役に立つ |
↓ |
自分にも価値が生まれる |
↓ |
誰かから必要とされる |
↓ |
愛してもらえる |
セルマの心理は以上のような流れだったのではないでしょうか。
セルマは自分を無価値だと思っている。だからこそ、何かをしなければならない。誰かの役に立てば、自分にも価値が生まれる。価値があれば必要とされ、その先で愛してもらえる。
このように考えると、「役に立つこと」への強い執着と、最後の「愛されたい」という言葉が一本につながります。
なぜセルマはキュゥべえを好きなのか?
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公式パンフレットでは、セルマはキュゥべえを「無価値な自分を変えてくれた存在」として好いています。では、キュゥべえはセルマの何を「変えてくれた」のでしょうか。
ここからは考察ですが、キュゥべえとの契約によって、セルマは魔法少女として宇宙のために戦う役割を得ました。
自分には価値がないと思っていた少女にとって、「自分でも宇宙の役に立てる」という役割は、非常に大きな意味を持ったのではないでしょうか。
多くの魔法少女から見れば、自分たちを利用するキュゥべえも、セルマから見れば、無価値だと思っていた自分に役割を与えてくれた存在だった可能性があります。
最後の「愛されたい」はセルマの本音だった?
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なぎさに敗れたセルマが最後に口にするのが、「愛されたい」という言葉です。
この一言から考えると、セルマが本当に欲しかったものは、宇宙を救うことそのものではなかったのかもしれません。
宇宙の役に立つことも、魔女になることも、キュゥべえの目的へ協力することも、自分にも愛されるだけの価値があると証明するための方法だった可能性があります。
セルマは、「何もしなくても愛される」という考え方を持てなかった。だからこそ、誰よりも「役たたず」であることを恐れ、誰よりも役に立とうとしたのではないでしょうか。
セルマはなぜまどかを嫌う?
セルマは、まどかに対して強い敵意を見せています。その背景にも、「役に立つこと」を自分の価値と結びつけるセルマ独自の考え方が関係している可能性があります。
まどかを魔女にしようとしたセルマ
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セルマは、名塚底根に残されていた「救済の魔女」に関する記録を利用し、まどかを魔女へ変えようとします。
その目的は、再び魔女を利用して宇宙のためのエネルギーを生み出すことにありました。
ここから分かるのは、セルマのまどかへの反発が単なる個人的な嫌悪ではなく、円環の理によって失われた「魔女になることで宇宙へ貢献する仕組み」を取り戻そうとする行動にまでつながっているということです。
「円環の理になりたかった」というセルマの本音
さらに劇中では、セルマが自分も円環の理になりたかったという趣旨の発言をしています。
セルマが円環の理を歓迎していないことや、まどかに複雑な感情を抱いていること自体は劇中から確認できます。では、なぜそこまでまどかへ強い感情を向けたのでしょうか。
「犠牲にならなくていい」が救いにならなかった?
ここからは考察ですが、円環の理は、魔法少女が絶望の果てに魔女となる必要をなくす救済です。しかしセルマは、自分が魔女になることで宇宙の役に立つことに価値を見いだしています。
そのため、「あなたは犠牲にならなくてもいい」という救いが、セルマには、「あなたが犠牲になる必要はない」さらには、「あなたの犠牲は役に立たない」と感じられてしまった可能性があります。
自分の価値を「役に立つこと」に求めていたセルマにとって、円環の理は救済であると同時に、自分が価値を見いだしていた役割そのものを消した存在でもあったのかもしれません。
まどかは「自分がなりたかった存在」だった?
円環の理となったまどかは、あらゆる魔法少女を救う存在です。セルマの価値観から見れば、これ以上に「役に立っている」存在はなかなかありません。しかも、多くの魔法少女から必要とされています。
そのためセルマのまどかへの敵意には、「誰よりも役に立ち、誰よりも必要とされる」という、自分が求めていた立場をまどかが実現したことへの嫉妬も含まれていた可能性があります。
まどかとセルマは似ている?正反対だった「自己犠牲」
セルマとまどかには、興味深い共通点があります。
TVシリーズ序盤のまどかも、自分には特別な取り柄がないと感じ、魔法少女になれば誰かの役に立てるのではないかと考えていました。セルマも同じく、自分の価値を「役に立つこと」に求めています。
まどか『こんな自分でも誰かの役に立てるんだって、胸を張って生きていけたら、それが一番の夢だから。』
出典: 魔法少女まどか☆マギカ 第3話
ここからは2人を比較した考察ですが、最終的には、まどかは「他者を救うために自分を犠牲にした」のに対し、セルマは「自分の価値を証明するために、自分を犠牲にしようとした」と見ることができます。
似たところから出発しながら、自己犠牲に与えた意味は大きく異なっていたと考えられます。
なぎさがセルマに示した「役たたず」への答え
セルマの価値観に対する答えを示したのが、百江なぎさです。
セルマとなぎさはなぜ対立した?
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セルマは、自分とは違って楽しそうに笑うなぎさへ強い感情をぶつけ、「役に立つこと」に強くこだわっています。
一方のなぎさたちは、特別な役割を果たしていなくても笑い合い、誰かと一緒にいることができます。
自分が必死に手に入れようとしているものを、なぎさたちは何かを証明しなくても得ているように見えた。セルマには、そんな在り方が受け入れ難かったのかもしれません。
「何ができるか」で人の価値は決まらない
なぎさはセルマに対し、愚かさや惨めさがあっても、それでも折れずに笑っていてほしいという趣旨の思いを伝えます。
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ここからは解釈になりますが、なぎさの答えは、「役に立つかどうかで、その人の価値は決まらない」というものだったと考えられます。
何かを成し遂げなければ価値がないと思っていたかもしれないセルマに対し、なぎさは「役たたず」であっても、そのまま笑っていていいという正反対の価値観を示したのではないでしょうか。
そして、その直後にセルマが「愛されたい」と漏らします。
「役に立つこと」と「愛されること」を結びつけていた可能性を考えるうえで、重要な場面です。
セルマの過去は?なぜ自分を「無価値」と思ったのか
セルマがなぜ自分自身を無価値だと思うようになったのかは、人物を理解するうえで残された大きな謎です。
シスターだった過去はどこまで分かっている?
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劇中には、セルマの過去を思わせるシスターの姿や、彼女の人生が決して恵まれたものではなかったことを想起させる描写があります。
一方で、セルマが具体的にどのような人生を送り、何をきっかけに強い自己否定を抱くようになったのかまでは、十分に明らかになっていません。
ちなみに、字幕版からシスターの姿のセルマの本名は「エニューオ・テレーゼ」という名前だということが判明しています。なぜ「セルマ・テレーゼ」ではないのか、同一人物なのか、別人なのか、これらは謎のままとなっています。
魔法少女になったときの願いは?
セルマがキュゥべえと契約した際の願いも、現時点では明確ではありません。
人物設定から、あくまで推測ですが、「誰かの役に立ちたい」といった願いだった可能性を考えることはできます。
現状では契約時の願いそのものよりも、キュゥべえとの契約によってセルマが「無価値だった自分から変わった」と感じていることの方が、確実な手掛かりと言えます。
セルマから読み解く、キトリの「敬愛」は何を意味する?
ここからは、セルマ=キトリだと仮定した場合の考察です。
セルマという人物像が描かれたことで、以前から存在していたキトリの「敬愛」という性質にも、新しい読み方ができるようになります。
「敬愛」はキュゥべえに向けられていた?
キトリの性質は「敬愛」ですが、その対象が誰なのかは明言されていません。
一方、セルマは自分を変えてくれた存在としてキュゥべえを好み、そのキュゥべえが掲げる「宇宙を救う」という目的へ自分自身を捧げようとします。
もしセルマがキトリなのであれば、「敬愛」とは、キュゥべえそのものや、キュゥべえから与えられた宇宙を救うという使命へ向けられた感情だった可能性があります。
そう考えると、魔女となった後も「自分は宇宙を救っている」と信じ続けるキトリの設定にも自然につながります。
キトリとラトリア、2体の針の魔女に共通するもの
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キトリとラトリアは、「針の魔女」という名前でありながら、真名も性質も異なる別の魔女です。しかし、キトリは宇宙へ、ラトリアは織莉子へと、どちらも自分以外の何かへ強く献身しています。
ここからさらに踏み込んで考えると、「針」というモチーフにも意味を見いだすことができます。
針は、糸によって別々のものを縫い合わせる道具です。そのため2体の針の魔女は、自分自身を愛する対象へ縫い付けてしまった少女として読むこともできます。
もちろん、「針の魔女とは献身する少女を表す」という公式設定があるわけではありません。あくまで、キトリとラトリアを比較した際に見えてくる共通項です。
セルマ=キトリ説はどこまで確定?公式設定と考察を整理
最後に、セルマについてどこまでが公式に確認でき、どこからが考察なのかを整理します。
公式設定・劇中描写として確認できること
- 名塚底根から現世へ戻った「魔女っ子」の一人
- 衣装や武器は針山・ボビン・綿など裁縫道具がモチーフ
- 何かの役に立つ存在になることへ強く執着している
- 自分自身を無価値だと捉えている
- キュゥべえを自分を変えてくれた存在として好いている
- キュゥべえの宇宙を救う目的に好意的
- 魔女になることを肯定している
- 自分も円環の理になりたかったという趣旨の発言がある
- 敗北時に「愛されたい」と口にする
キトリについては、針の魔女で性質が「敬愛」であること、針や裁縫道具、キュゥべえを連想させる姿を持つこと、そして宇宙のためにすべてを捨てて戦った魔法少女であることが設定されています。
現時点では考察に留まること
- セルマ・テレーゼ=キトリ
- 「役に立ちたい」の根本に「愛されたい」がある
- まどかへの敵意に嫉妬が含まれている
- 円環の理によって自分の存在価値まで否定されたように感じた
- キトリの「敬愛」がキュゥべえや宇宙を救う使命へ向いている
- 2体の針の魔女が「愛する対象へ自分を縫い付けた少女」を表している
セルマとキトリには、外見だけでなく思想面でも強い対応があります。
特に、以前からキトリに設定されていた「宇宙のために全てを捨てて戦った魔法少女」という過去と、セルマの人物像が非常に近い点は重要です。
ただし現時点では、「セルマ・テレーゼ=Quitterie」と直接明記した公式資料は確認できません。そのため、セルマ=キトリは非常に有力な説ではあるものの、ただの考察の域を出ません。
まとめ
セルマ・テレーゼは、名塚底根から現世へ戻ってきた「魔女っ子」の一人です。
公式パンフレットでは、自分を無価値だと捉え、「何かの役に立つ存在になること」へ強く執着していること、キュゥべえを自分を変えてくれた存在として好んでいることが示されています。
また、針山やボビンなどの裁縫道具をモチーフとしたデザイン、キュゥべえとの関係、宇宙のために役立とうとする思想、魔女になることへの肯定は、「敬愛」の針の魔女キトリの設定と強く対応しています。
そのため、セルマ=キトリ説は非常に有力ですが、現時点では公式による直接的な同一人物認定ではありません。
自分を無価値だと思い、それでも何かの役に立とうとし続け、最後に「愛されたい」と漏らしたことから、セルマは自分の価値を役に立つことで証明し、その先で誰かに必要とされ、愛されようとしていたと読むことができます。
もしセルマが本当にキトリなのであれば、以前から存在していた、「宇宙のために全てを捨てて戦った魔法少女」という短い設定文の裏に、一人の少女の人生が見えてきます。
キトリの「敬愛」とは、単に宇宙を愛しすぎたことを意味するのではなく、愛される価値を求め、自分に役割を与えてくれた存在や使命へ、自分自身のすべてを預けてしまったセルマの生き方だったのかもしれません。




















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