『チェンソーマン』第二部で、物語の中心に関わる重要な存在として描かれた「死の悪魔」。
長らくその正体は謎に包まれていましたが、物語終盤では「死の悪魔」が誰なのか、本物の「飢餓の悪魔」との関係、そして人類を滅亡させるほどの強大な能力についても明らかになりました。
一方で、「なぜ飢餓の悪魔を名乗っていたのか」「なぜ人類を守ろうとしていたのか」「死の悪魔は超越者なのか」など、最後まで明言されなかった部分も残っています。
そこで本記事では、原作で判明している正体・能力・目的と、そこから読み取れる考察を明確に分けて解説します。
この記事では『チェンソーマン』第二部・第232話の最終回までの重大なネタバレを含んでいるのでご注意ください。
死の悪魔とは?
「四人の騎士」の一角で最も恐れられる悪魔

「死の悪魔」は、『チェンソーマン』第二部第146話でその存在が明かされました。
「死の悪魔」とは、「支配」「戦争」「飢餓」に並ぶ「四人の騎士」の一角です。その中でもナユタは、死の悪魔について「超超最強の悪魔」と説明しています。
『チェンソーマン』の世界では、悪魔はその名前が人間から恐れられているほど強大になります。
人間だけでなく、あらゆる生物が避けることのできない「死」。その絶対的な恐怖を名前に持つ死の悪魔は、四人の騎士の中でも別格の存在として扱われていました。
「飢餓の悪魔」を名乗っていたキガちゃんの正体
第198話「キガちゃんデス!」で、長く読者が飢餓の悪魔だと思っていた彼女の正体が明らかになります。
物語序盤から「飢餓の悪魔」を名乗り、「キガちゃん」と呼ばれていた少女。キガちゃんの本当の正体は「死の悪魔」、しーちゃんでした。
コミックス22巻紹介でも「キガちゃん=“死の悪魔”」と明記されており、つまり第二部では、物語のかなり早い段階から「死の悪魔」本人が登場していたことになります。
一方、「では、なぜ死の悪魔が飢餓の悪魔を名乗っていたのか?」という疑問については、作中で明確な答えが示されていません。
本物の「飢餓の悪魔」は別に存在していた
キガちゃんが死の悪魔だったことで、それまで名乗っていた「飢餓の悪魔」は別に存在することも判明しました。本物の飢餓の悪魔は、物語終盤に別の少女として登場します。
同じ「四人の騎士」でありながら、初登場時には偽チェンソーマンに倒され、人間への攻撃でも石を投げつけるなど、それまで死の悪魔に対して想像されていた圧倒的な力とはかなり異なる姿を見せました。
そして第199話では、死の悪魔が飢餓の悪魔と偽チェンソーマンを支配下に置きます。コミックス22巻の公式紹介でも、死の悪魔が「飢餓の悪魔と偽チェンソーマンを支配下に置く」ことが明記されています。
これにより、「死の悪魔=これまでのキガちゃん」、「本物の飢餓の悪魔=別の存在」という関係が確定しました。
死の悪魔の判明している能力
死の悪魔には、第二部の物語で複数の能力が判明しています。
ここでは、実際に作中で使用した、あるいは本人の説明などから確認できる能力を中心に整理します。
殺した相手を使役する
「死の悪魔」は、自ら殺した生物を使役することができます。
第199話では、「偽チェンソーマン」と本物の「飢餓の悪魔」を落下の悪魔に倒させ、動けなくなった二人を生きたまま食べています。
その後、口から人形のような状態で吐き出し、再び実体化させることで命令を下せるようになりました。ただし、完全に意思を奪うわけではありません。
実体化した直後には飢餓の悪魔から殴られていることから、死の悪魔が命令するまではある程度自由に動けることが分かります。また、死の悪魔によって使役された悪魔には、本来の力を完全には発揮できないという制限も存在しています。
使役している悪魔たち
「死の悪魔」はその強大な力を使って、数多くの悪魔を支配しています。
落下の悪魔

その中でも最強であるのが「落下の悪魔」です。「落下の悪魔」は根源的な恐怖の悪魔であり、第1部で登場した「闇の悪魔」と同様の「超越者」です。しかし、「死の悪魔」によって殺されて使役されています。「死の悪魔」はキガちゃんたちを食べるときにおいしく食べるように心がけていました。
飢餓の悪魔

「四人の騎士」の一人である「飢餓の悪魔」は、物語序盤で「死の悪魔」を名乗っていた少女(キガちゃん)とは別の存在です。
ナユタやヨルと同じ「四人の騎士」であるものの、「飢餓の悪魔」はほかの姉妹とは違い、力は強くありません。初登場時に「偽チェンソーマン」に瞬殺され、人間に対しても石を投げつけるといった攻撃しかできませんでした。
偽チェンソーマン
「偽チェンソーマン」はしーちゃんの手下になった後デンジと戦い、敗北しました。その正体はデンジと「ゴキブリの悪魔」との戦いで見捨てられてた男子高校生の兄弟でした。その高校生が「火の悪魔」と契約し、チェンソーマンのような見た目になっていたのでした。
ギロチンの悪魔

デンジ救出時には、「ギロチンの悪魔」も召喚されています。しーちゃんから警備員を皆殺しにするよう命じられますが、実際には警備員の服や拳銃を細切れにするだけで、人間の命までは奪いませんでした。
なぜ命令に反して人間を殺さなかったのかは、作中では明確に説明されていません。
制御不能な「全人類の虐殺」
死の悪魔には、自分自身の意思だけでは制御できない非常に危険な性質があります。
人類の「死」に対する恐怖が頂点に達した時、死の悪魔の力が自動的に発動し、全人類を殺してしまいます。これは、死の悪魔本人が眠っていたとしても、あるいは人間を殺したいと思っていなかったとしても発動してしまうものです。
つまりしーちゃんは、人類を滅ぼそうとする死の悪魔なのではなく、人類を滅ぼしたくないのに、「死の悪魔」として存在するだけで人類を滅ぼしかねない存在という矛盾を抱えています。
この性質が、第二部におけるしーちゃんの行動を考えるうえで重要になります。
死亡した存在を復活させる
死の悪魔は、死亡した存在を復活させる力も見せています。アサの願いに応じ、死亡したユウコを巨大な姿で蘇生させました。
ただし、この能力については条件が詳しく説明されていません。人間を元通りに蘇生できるのか、どの程度まで人格を維持できるのかなど、不明な部分が残っています。
そのため、「何でも自由に完全蘇生できる能力」とまでは断定できません。
自分自身は死ぬことができない

死の悪魔本人も、極めて特殊な性質を持っています。
彼女は、自身の力によって人類が滅亡することを防ぐため、自分の臓器をすべて取り除いて自殺を試みています。しかし、それでも死ぬことはできませんでした。
「支配の悪魔」であるマキマは契約によって致命傷を別の人間へ移していましたが、死の悪魔については、そのような契約が描かれていないにもかかわらず死ぬことができません。
誰よりも「死」を司る悪魔自身が、死ぬことができない。この性質は、死の悪魔という存在そのものにある皮肉の一つでもあります。
死の悪魔の目的は?
この章では、しーちゃんが実際に何を目的として行動していたのか、作中から確認できる情報だけをまとめます。
判明している目的は「人類滅亡の回避」
上述の通り、死の悪魔は、人類を滅ぼすために行動していたわけではありません。
むしろ本人は人間を愛しており、自分自身の制御不能な力によって人類が滅亡することを恐れていました。そのため、能力が発動する未来を回避するために動いています。
そのため、単純に自分が死ねば解決する問題でもありませんでした。
戦争の悪魔・ヨルの計画を止めようとしていた
物語後半では、戦争の悪魔であるヨルがチェンソーマンを武器にし、その力を利用して死の悪魔を消そうとします。
しかし、それによって作られる未来もまた、人類にとって幸福とは言い難いものでした。「死」をなくし、その先に目指していたのは人類が死ぬことなく戦争を続ける世界でした。
しーちゃんはその未来を防ぐため、デンジやソードマン・須郷ミリたちと協力し、戦争の悪魔を止めようとします。
コミックス23巻の公式紹介でも、「戦争の悪魔が目論む恐るべき計画を止めるため、シーちゃんがデンジに協力を要請する」と明記されています。つまり、「ヨルの計画を止める」という目的自体は考察ではなく、作中で明確に描かれた行動です。
【考察】死の悪魔の目的・行動に残る謎
ここからは、作中で明確には答えが示されなかった部分について考察します。
なぜ「飢餓の悪魔」を名乗っていた?
死の悪魔が長い間「飢餓の悪魔」を名乗っていた理由は、最後まで明確には説明されませんでした。一つ考えられるのが、自分が「死の悪魔」であると知られることそのものを避けたかった可能性です。
死の悪魔は、人類から最も恐れられる存在の一つです。その正体が知られれば、それだけで死に対する恐怖を刺激し、自身の制御不能な能力の発動へ近づいてしまう可能性も考えられます。
自分の正体を隠すこと自体が、人類滅亡を遠ざけるための行動だったのかもしれません。また、「飢餓の悪魔」を名乗ることで、公安やほかの四人の騎士に自らの計画を悟られないようにしていた可能性もあります。
ただし、これは作中で直接説明されたものではありません。あくまで、なぜ自らの正体を偽ったのかを考えるうえでの一つの可能性です。
なぜ自分を殺すだけでは解決しなかった?
しーちゃんは、自分の能力によって人類が滅亡することを防ぐため、一度は自殺を試みています。しかし、仮に自分自身を死亡させることができたとして、それだけですべて解決したのでしょうか。
『チェンソーマン』の悪魔は、死亡すると人間のように完全に消滅するわけではなく、地獄と現世を行き来しながら転生します。
そう考えると、現在の「しーちゃん」が消えても、次に生まれる死の悪魔まで人間を愛してくれる保証はありません。むしろ、次の死の悪魔が人類に敵意を持っていれば、状況はさらに悪化する可能性があります。
そのため、しーちゃんにとって問題は、「自分が死ねばいい」という単純なものではなかったのかもしれません。
死の悪魔は「超越者」なのか?
作中で「死の悪魔は超越者である」と明確に分類されたわけではありません。
一方で、「死」は人類にとって極めて根源的な恐怖です。さらに、死の悪魔は臓器をすべて取り除いても死亡できず、根源的恐怖の悪魔である落下の悪魔さえ殺して支配下に置いています。
この強さや性質を考えれば、闇の悪魔や落下の悪魔と同じ「超越者」、あるいはそれ以上の存在に位置する可能性は十分に考えられます。
本当に「人類を愛していた」のか?
死の悪魔は人類を守るために行動しています。
自殺まで試み、ヨルの計画を止めようとし、自分が消えることも選択肢として受け入れています。これらを見る限り、人間を好いているという気持ち自体は本物だったと考えるのが自然でしょう。
しかし、しーちゃんの「愛」は、人間が考える愛情とまったく同じなのでしょうか。彼女は命を大切にしているような発言をする一方、必要であれば他の悪魔を殺し、食べ、使役します。
しーちゃん『鮮度がいい肉はおいしい。命はできるだけおいしくいただくのが礼儀。』
出典: チェンソーマン22巻 第199話
人間からすれば「命を大切にする」と「命を食べる」は一見矛盾しています。しかし、死の悪魔にとってはそうではないのかもしれません。
命がいつか終わることを誰より知っているからこそ、生きている間の命を尊重する。そうした、人間とは違う死生観を持っていた可能性も考えられます。
この意味では、「人類を愛していたのか?」よりも、「死の悪魔にとって人類を愛するとは何だったのか?」と考えた方が、しーちゃんというキャラクターには合っているのかもしれません。
死の悪魔と「四人の騎士」

四姉妹の長女
「死の悪魔」は、「支配」「戦争」「飢餓」と共に「四人の騎士」と呼ばれる悪魔の一人で、その中では長女にあたります。
チェンソーマン本編での言動などから考えると、長女「死の悪魔」、次女「飢餓の悪魔」、三女「戦争の悪魔・ヨル」、四女「支配の悪魔・ナユタ」という姉妹関係になっています。
また、四人の騎士の元ネタと考えられる『ヨハネの黙示録』でも、「支配」「戦争」「飢餓」「死」に対応する騎士が登場し、第一の騎士が「支配」で、第二が「戦争」、第三が「飢餓」、第四が「死」なので、逆順に長女から四女となっていると思われます。
かつては四人でチェンソーマンと戦っていた
第一部におけるマキマとチェンソーマンの戦いでは、かつて四人の騎士と武器人間の元になった悪魔たちが協力し、チェンソーマンと戦ったことが語られています。
しかし、その協力関係はその後失われています。第一部のマキマは、チェンソーマンの能力を利用して「死」「戦争」「飢餓」などを世界から消すことを望んでいました。

マキマ『死、戦争、飢餓、この世にはなくなったほうが幸せになれるものがたくさんあります。それらをチェンソーマンの力で全て消し去ります。』
出典: チェンソーマン 9巻 第84話
マキマは、そうした「なくなった方が人間にとって幸せだと考えるもの」をチェンソーマンの能力で消そうとしていました。つまり、同じ四人の騎士であっても、それぞれの考えや目的は一致していません。
第二部で描かれた死の悪魔と戦争の悪魔の対立も、その延長にあると言えるでしょう。
死の悪魔を倒せる存在
チェンソーマン

根源的恐怖の悪魔である落下の悪魔さえ支配する死の悪魔は、作中でも屈指の強さを持っています。
そんな死の悪魔への対抗手段として重要になるのが「チェンソーマン」です。チェンソーマンが食べた悪魔は、その名前と概念そのものが世界から消滅します。
過去には四人の騎士と武器人間の元となった悪魔たちを相手に戦い、瀕死まで追い詰められながらも生き延びています。そして物語終盤では、実際に死の悪魔を食べることで「死」そのものを世界から消しました。
その意味では、単純に戦闘で死の悪魔を倒すというより、「死という概念そのものを消すことのできる存在」がチェンソーマンだったと言えるでしょう。
死の悪魔の最後・現在は?
チェンソーマンに食べられ「死」が消滅
第二部終盤、死の悪魔はチェンソーマンに食べられます。その結果、世界から「死」という概念そのものが消滅しました。
一見すると、誰も死ななくなれば、人類は幸せになるようにも思えます。
しかし実際には、死がないことで本来淘汰されるはずだった生命まで生き続け、世界のバランスが崩れていきます。特に繁殖力の高い虫などは急激に数を増やし、人間を捕食する存在へと変化。人間は食べられても死ぬことができず、その苦痛を味わい続けます。
「死がなくなること」と「苦しみがなくなること」は同じではありません。むしろ死がなくなったことで、それまで死によって終わっていた苦痛まで永遠に続くようになりました。
第二部終盤は、「死は恐ろしいものだが、それを消せば生命は幸福になるのか?」という問いを極端な形で描いているとも考えられます。
「死」のなくなった世界で虫の悪魔が強大化
死がなくなった世界では、「虫」に対する人間の恐怖が急激に大きくなります。
そして、強大な「虫の悪魔」が現れ、デンジたちもその悪魔に食べられてしまいました。
ここまでは作中で描かれた出来事です。一方で、その虫の悪魔が具体的に何の悪魔だったのかは明らかにされていません。
【考察】デンジたちを食べたのは「バッタの悪魔」?
この虫の悪魔について「バッタの悪魔」ではないかと思われます。その根拠の一つが、『チェンソーマン』で度々モチーフとして用いられている『ヨハネの黙示録』です。
『ヨハネの黙示録』には、イナゴを率いる存在として「アバドン」が登場します。また現実でも、イナゴやバッタの大群による「蝗害」は、農作物を食い尽くし、人間の生活に甚大な被害を与えてきました。
「死」が存在せず、生物が無限に増えていく世界。そこで人類を圧倒するほど強くなった虫の悪魔。これらを考えると、デンジたちを食べた存在が「バッタ」あるいは「イナゴ」に由来する悪魔だった可能性は考えられます。
ただし、作中では名前が明かされていないため、「バッタの悪魔」と断定することはできません。
最終回の新しい世界
第二部終盤では、デンジとポチタだけになった世界で、ポチタがデンジの新しい人生のために自分自身を食べます。
チェンソーマン自身がチェンソーマンを食べたことで、世界そのものが再構成されたと読み取れる展開となり、第232話「ありがとうチェンソーマン」で第二部は完結しました。
新しい世界では、ポチタが存在していないために共に暮らしておらず、これまでとは異なる人生を歩んでいます。そして、この世界には再び「死」が存在しています。
【考察】新しい世界にも「死の悪魔」は存在する?
「死」という概念が存在しているのであれば、それを恐れる人間も存在します。
『チェンソーマン』における悪魔の仕組みを考えれば、新しい世界にも「死」に対応する悪魔が存在している可能性は高いでしょう。ただし、その死の悪魔が以前の「しーちゃん」と同じ存在なのかについては明らかになっていません。
ポチタによって世界そのものが再構成されたのであれば、同じ「死の悪魔」であっても、以前のしーちゃんとは異なる人生を歩む存在になっている可能性も考えられます。
最終回では、死の悪魔やほかの四人の騎士について、その後まで詳しく描くことなく物語が終わりました。そのため、新しい世界の死の悪魔については想像の余地が残されています。
もし、以前と同じ姿の「しーちゃん」がどこかに存在しているのだとすれば。今度は人類を救うために自分の臓器を捨てたり、死の恐怖に怯えたりする必要もなく、普通の少女として学校へ通っている。そんな可能性も残されているのかもしれません。
まとめ
「死の悪魔」は、『チェンソーマン』第二部において物語の中心に関わる重要な存在でした。
その正体は長らく「飢餓の悪魔」を名乗っていたキガちゃん=しーちゃんであり、人類にとって最も根源的な恐怖の一つである「死」を名前に持つ、四人の騎士の長女です。
しかし、死の悪魔はデンジたちにとって単純な「敵」ではありませんでした。むしろ自分自身の能力によって人類が滅亡する未来を恐れ、その運命を避けるために動き続けています。
「死」でありながら、人類を生かそうとする。自分自身は死ぬことができないのに、人間の死をなくすために行動する。その矛盾こそが、しーちゃんというキャラクターの大きな特徴だったのでしょう。
そして第二部では、一度は死そのものが世界から消えました。しかし「死のない世界」は楽園にはならず、別の恐怖によって人類が苦しむ世界へ変わっていきます。
この展開からは、「死」というものは恐ろしい一方で、生命や世界の循環にとって必要な存在でもあるのではないかというテーマも読み取れます。
その意味では、死の悪魔は「人類を滅ぼす恐怖の大魔王」であると同時に、世界を成り立たせている一つの存在でもあったのかもしれません。そして新しい世界にも「死」がある以上、どこかに新たな死の悪魔が存在している可能性があります。
もしそこに、かつてのしーちゃんと同じ少女がいるのだとすれば、今度は自分自身の命を犠牲にして人類を救おうとする必要もなく、学校で友達と一緒に普通の学生生活を送れている。そんな未来であってほしいところです。




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